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マロンの食べ歩き(九州)あこがれの湯布院(4)

「貧乏な貴族」は、オーダーが入ってから天然にがりを加える作りたて生豆腐や取り寄せ希望続出の人気デザート豆腐ケーキが評判のお店です。「金賞コロッケ」は、NHKテレビで全国放送された第1回「全国コロッケコンクール」で金賞を受賞した、ヘルシーコロッケが有名です。

  1. 素敵なホテル「ゆふいん七色の風」
  2. 「貧乏な貴族」の生豆腐料理
  3. 「貧乏な貴族」の感動の豆腐ケーキ
  4. 湯布院「金賞コロッケ」

素敵なホテル
「ゆふいん七色の風」

ホテル「ゆふいん七色の風」
ホテル「ゆふいん七色の風」

二度目の湯布院食べ歩き。今回のお宿は、とってもリーズナブルで素敵なホテル「ゆふいん七色の風」です。由布岳の麓に佇む合掌造りの建物です。 ホテルはかなりの高台にあって、眼前には壮大な由布岳が聳え立っています。 「うわ〜!このロケーションでこのお値段って格安じゃん!」とかなり得しちゃった気分。特にすばらしかったのが、由布岳を間近にのぞむ露天風呂!低気圧のど真ん中。お風呂から見上げる、霧に噎ぶ由布岳は恐ろしいほどの迫力でした。

お食事は、お昼が角柱本店の豊後牛ステーキ丼にしていたので、あえて「シニア献立」を予約しました。パンフには「料理の量を少なくした分だけ内容にもこだわっています。最近食事の量が減ってきたという方におすすめのコースです。」とありましたが、なんのなんのボリュームたっぷりで、食べきれませんでした。

前菜とアジのお造り
前菜とアジのお造り

一番おいしかったのが、このアジのお造り

も、もしかして、あの有名な関アジ?‥かどうかは分からないけど(^_^;)、豊後水道でもまれたに違いないわ。 身がぷりぷりして歯ごたえ十分でほんとうにおいしかったです。いずれにしても、ヘルシーで、ひとつひとつのお品に心がこもっていて、大満足のお食事でした。

マロン

関アジとは

「関」とは、大分県佐賀関町のこと。
豊後水道は、太平洋の黒潮と瀬戸内海の潮流がぶつかりあう潮流の激しい海域です。そこで、一本釣りされたアジが、高級ブランド「関アジ」として重宝されます。鮮度が格別で、身が引き締まり、弾力感があってとっても美味しいのです。
「おいしいっち」って、大分の友達がよく食べさせてくれたっけ。久し振りにメールでもしてみようかな。(^_^;)

湯布院:湯の坪街道マップ B-speak パン工房 まきのや 櫟〔くぬぎ〕の丘 山のホテル 夢想園 金賞コロッケ 金賞コロッケ 茶房 天井棧敷 貧乏な貴族 ホテル ゆふいん七色の風 角柱本店
行きたい所をクリックすると、説明にジャンプできます♪

「貧乏な貴族」の生豆腐料理

湯布院:「貧乏な貴族」
湯布院:生豆腐料理の「貧乏な貴族」

今回の湯布院食べ歩きの目玉はなんと言っても、この造りたて生豆腐の店「貧乏な貴族」です!前日の夕方に予約を入れに伺うと、「10時半?オーケーです!お待ちしてます!」と素敵な笑顔。マスターかな?とドキドキ(^_^;)。

店先には店長直筆のこんな看板が‥「当店は店名が多少ふざけていますが、料理は極めてまじめです。国産大豆の特級品「ふくゆたか」を18時間水に浸し、毎朝豆乳を絞っています」。う〜ん!楽しみでわくわくしちゃう!

さらにこんなことも‥「豆乳、おから、豆腐の大豆食品は、内臓脂肪を少なくしてくれると言われています。また、お肌もツルツルになります。(店主の顔を見ていただければわかる)身体の内側から外側まで美しくなってくださいね。店主」アハハ‥(^∇^) そーいえば、さっきの方、ツルッツルだったなぁ‥やっぱりマスター?(^_^;)。

「貧乏な貴族」の気さくなマスター
「貧乏な貴族」の気さくなマスター

翌日、約束の時間にお伺いすると、準備して待っていてくださいました。やっぱりマスターでした。間近で見ると、ほんとツルツルだぁ!(^_^;)

店内に入ってとにかくびっくり!懐かしい映画のポスターやアンティークなアイテムがところせましと飾ってあります。「うわ〜!よく集められましたね〜」と言ったら、「皆さんが持って来てくれるんです。家にあってもしょうがないからと言って。(´▽`)」。豆を煮るので蒸気でポスターがだめになることもあるとか。

ご家族のこと、お料理のこと、何をお尋ねしても、気さくに話してくださる。豆腐料理を始められたきっかけについて、「最初は中華料理を勉強したんです。でも、ある時、素材そのものの旨さを生かせるのはこれだと思ったんです。」その真剣なまなざしに惹きつけられました。「子供は食べないですよ。でも豆腐の味が分かるのは大人になってからですね。」やさしいお父さんの笑顔になりました。

いよいよお目当ての「作りたて生豆腐」です♪

「貧乏な貴族」の作りたて生豆腐
作りたて生豆腐

きたーーっ!見よ!これが、評判の「オーダーが入ってから天然にがりを加える作りたて生豆腐」なのだ!なんともとろ〜りと温かくて、お口と舌と喉に最高のプレゼント♪(* ̄∇ ̄*) 豆腐そのものの素朴でナチュラルな甘みが最大限に引き出されています。
あ‥、ごめんなさい。あまりの感動に、つい先走っちゃいましたね。メニューを最初からきちんとご紹介しなくては。(^_^;)

オーダーは、パパが「主のおすすめ(温かい生豆腐、冷たい生豆腐、豆乳、おからサラダ、小鉢、地鶏の炭火焼き、ご飯、豆乳味噌汁、豆乳ケーキ)¥3000」、マロンは「貧乏生豆腐セット(温かい生豆腐、豆乳、おからサラダ、小鉢、ごはん、豆乳味噌汁)¥1500」です。まずは、朝搾り豆乳で喉を潤します。う〜ん‥体の底が洗われるような爽やかさ!さすが、大豆を18時間水に浸して、今朝方搾られた、搾りたての豆乳。これまで味わったことのない深い甘みでした。

「貧乏な貴族」のおからサラダと冷たい生豆腐
おからサラダと冷たい生豆腐

そして、これまた有名なおからサラダ。おからときゅうりが、梅ドレッシングとマヨネーズで和えてあります。これも驚きのマッチング〜~(=^‥^A そして、白胡麻ペーストを練りこんだ胡麻豆腐。まるで、ソフトなチーズを食べてるみたいでした。トローリとろける食感と、きゅうりのカリカリが絶妙なコラボレーション♪感動の連続です。

さ〜て、これが冷たい生豆腐ですよ。

アイスクリームみたいでしょ?梅肉とゆずもろみをのせていただきます。 ほどよい冷たさと、舌の上で溶けるような味わいは癖になりそう!「ね〜!ね〜!豆腐ってこんなにおいしかったんだね!」パパと顔を見合わせました。お豆腐料理の概念が完全に変わった記念すべき日です。

実際に作るところを見せてくださった
実際に作るところを見せてくださった

あんまりマロンがメモ片手にいろいろ聞くもんだから、「見ますか?」「え!?‥い、いいんですか?(*゚o゚*)」な、なんと!実際に作るところを見せてくださった!豆乳に対するにがりの配分から、温度、混ぜ方まで、全部惜しげもなく見せてくださいました。なんて寛大な方‥(T_T) 感動でした。 このすばらしい妙技を、皆さんにも紹介したくてたまりませんけど、きっと最大級の企業秘密‥。ぜひ、行って直接聞いてみてくださいね!

コリコリ地鶏の炭火焼きに、感動の豆腐ケーキ!

「貧乏な貴族」の地鶏の炭火焼きと豆乳味噌汁
地鶏の炭火焼きと豆乳味噌汁

続いて、地鶏の炭火焼き豆乳味噌汁です。 地鶏に大根おろしをのせ、梅ドレッシングをかけてさっぱりといただきます。付け合せに、人参、玉葱、大根を千切りにしたサラダが添えられています。抜群にヘルシー!
豆乳味噌汁も、具は、こんにゃくと人参と湯葉(ゆば)。メタボの方も毎日これを食べてれば、安心ですね。(^_^;)

さぁ〜!見よ!これぞ今や大ブレイク!取り寄せ希望続出と言われる人気デザート豆腐ケーキだぁ〜!(≧▽≦) この感動は、私のようなボキャ貧にはとても表現しきれませ〜ん!(TwT。) 豆乳と生クリームと黒蜜が織り成す、至福のハーモニー!濃厚かつ新鮮で爽やかなソフトクリームのような舌触り!しかも素材がしっかり息づいてる!

「貧乏な貴族」のソフトクリームのような豆腐ケーキ
ソフトクリームのような豆腐ケーキ

口に入れた瞬間、マスターと目が合った。『でしょ?』と自信に満ちた目が語ってました。

驚きと感動の連続だった、湯布院「貧乏な貴族」の作りたて生豆腐料理。身も心も深い満足と、温かさに満たされました。 「豆腐作りは地味な作業です。豆腐はシンプルだからこそ、手間ひまをかけて美味さを出すことが必要なんです。」大切なわが子を慈しむように、生豆腐を混ぜておられた姿が忘れられません。

この心を満たす温かい思いは、豆腐料理のすばらしさだけではなく、マスターのやさしい心に触れたからなんだろうな‥。
店を出ると、低気圧のど真ん中だった湯布院も、明るい光が射し始めていました。

激旨!湯布院の「金賞コロッケ」!

湯布院の「金賞コロッケ」
湯布院の「金賞コロッケ」

湯布院の「貧乏な貴族」に行く前、すこし時間があったので、あの「金賞コロッケ」を一つ買って、パパと半分ずつ食べました。(^_^;) 2年前に来たときに食べ損なったので、今回はぜひ!と狙ってました。

「金賞コロッケ」一個150円
「金賞コロッケ」一個150円

「金賞コロッケ」は、NHKテレビで全国放送された第1回「全国コロッケコンクール」で金賞を受賞。原料に北海道産男爵芋と和牛の脂肪分を抜いた赤身のミンチを使い、牛肉の旨みが低カロリーで味わえると評判です。さ〜て、お味は?(*^^*)

香り立つ北海道男爵芋
この香りがたまんない!

噂どおりの激旨!熱々に香り立つ北海道男爵芋独特の馥郁に、いやがうえにも食欲をそそられます。「二つ買う?」とパパ。「一つでいいよ。今から貧乏な貴族だから。」そう言ったマロンが見る見る食べちゃって(^_^;)、「お、おい!ちょ、ちょっと待てぇ!(~д~*)"」と大慌てのパパでした。メンゴメンゴ~(=^‥^A

湯布院って、ほんとおいしいものが多すぎて困っちゃう。「帰ったらまた減量だね」とパパ。「ハイ‥」

湯布院食べ歩きから帰ってしばらくして、ブログの記事に「貧乏な貴族」のマスターが突然コメントをくださいました。
も〜う!心臓が飛び出るかと思いましたよ〜(¨д¨;;)ど〜して分ったんだろ〜
「心で料理を食べてくださったお二人に心で感謝の気持ちをお伝えしたい」とありました‥。
大好きな、湯布院のあのやさしい風の香りに包まれました‥。

追記:この記事を書いてしばらくしてからもう一度湯布院に行きましたが、「貧乏な貴族」はありませんでした。愕然としました。ネットで調べると閉店されたということでした。本当に本当に残念でした。
でも、先日、マスターが突然ブログにコメントをくださいました。驚きました。なんと、大分市内で「昭和焼飯店」という中華料理店を経営されているということです。
あ〜よかった〜。そう言えば元々は中華料理のシェフだと言っておられたな〜。きっと、おいしい中華料理店に違いないと思って、ネットで検索するとやっぱり評判のお店でした!
みなさんもぜひ「昭和焼飯店」で検索して食べに行ってあげてくださいね。パラパラの炒飯が最高だそうです!
湯布院の大切な思い出のお店がなくなってとても残念でしたが、マスターとの出会いや楽しい会話、そしてマスターの愛情がこもったあの生豆腐の味を忘れることはないでしょう。

栗林マロン野菜ソムリエこのページの執筆者
栗林マロン:日本野菜ソムリエ協会認定 野菜ソムリエ。料理研究家
食事から真の幸せを得るためには、健康を意識した食材と調理法と食事法を心がけることが大切ですね。このサイトでは、食べる喜びと健康的なダイエットのバランスが取れたレシピをご紹介しています。でも、時には外食を楽しんで、自分にご褒美をあげましょう!

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湯布院 豆知識

知って得する「湯布院」情報

湯布院ってどんなところ?

湯布院は、大分県の中央部に位置する人気温泉地です。標高1,584mの活火山、由布岳(ゆふだけ)の麓に広がる温泉地帯で、温泉湧出量、源泉数ともに全国2位の豊富な湯量を誇ります。夏は高原の冷涼な気候で過ごしやすいことから「東の軽井沢、西のゆふいん」と言われ、女性に人気があります。

盆地
海抜450mの四方を山に囲まれた盆地ですが、夏は高原性の気候で涼しく、「九州の軽井沢」と称され、避暑地としても人気があります。

一般的な温泉地とは異なる
人口は約1万人、年間約400万人の観光客が訪れます。大規模なレジャー施設があるわけでもなく、100軒ほどある比較的小規模の旅館が、自然風景に溶け込むように立ち並んでいます。温泉地にありがちな歓楽型や一泊豪華主義型といった団体の観光客向けではなく、個人客に「癒し」を提供する温泉保養地として知られています。

温泉の効能は?
胃腸病特効
湯布院町にある湯平(ゆのひら)温泉は、800年前の鎌倉時代に温泉場が開かれたと言われています。現在のような温泉街の骨格が出来上がったのが江戸時代と言われ、当時から胃腸病に効く湯治場として有名でした。
由布院の語源は?

ゆふ院
「ゆふいん」という名前は奈良時代に付けられました。当時この地域では、楮(こうぞ)の皮から取れる繊維を「ゆふ」と呼んで布を作っていました。そして「院」と呼ばれる大きな倉が幾つもあったことから、「ゆふ院」と呼ぶようになりました。

由布院
そして平安時代に、古くから布をつくっていたことから、「物事の始まり」を示す「由」と「布」があてられて「由布院」になったと言われています。

情報番組この差って何ですか?には、由布院と湯布院の差についての情報があります。

由布院?それとも湯布院?
昭和30年(1955年)、由布院町と湯平(ゆのひら)村が合併することになり、「湯布院」と言う呼び名に変わりました。
なぜ由布院と湯布院を使い分けるの?
昔の由布院町に言及する時は「由布院」、合併後の湯布院町全体を紹介する時は「湯布院」が使われますが、どちらを使っても間違いではありません。最近では「ゆふいん」とひらがなで表記される事も多くなってきました。
湯布院の町作りの歴史は?

ダム建設反対
合併に先立つ昭和27(1952)年、由布院盆地をダム湖にする計画が持ち上がりました。町を二分する大論争となりましたが、反対派の若手リーダー、岩男頴一 (ひでかず)が初代町長に当選し、ダムによらない町づくりを推進、保養温泉地構想を打ち出しました。

別府とは違う路線を目指す
高度成長時代にあって、別府温泉は歓楽型温泉地として隆盛を極めていましたが、別府と同じ路線を追いかけても勝ち目はないと考えた岩男町長は、別府との差別化を図り、歓楽的要素を排した保養型の温泉地を目指しました。

老舗旅館の若きリーダー達
1960年代になると、旅館の若手経営者、中谷健太郎(亀の井別荘)、溝口薫平(玉の湯)、志手康二(夢想園、故人)ら3氏も由布院の町づくり構想に加わりました。3氏は、岩男町長の西ドイツ視察に啓発され、私費でヨーロッパの保養温泉地を視察。感銘を受けた3氏はクアオルト(温泉保養地)構想の推進を行政に訴えていきます。

クアオルト構想
クアはドイツ語で「治療」「保養」、オルトは「場所」「地区」を意味します。この構想は、観光の町を作ることではなく、地域の自然・文化・伝統を大切にし、そこに住む人が本当に暮らしやすい町を作ることこそ、すぐれた観光地であるという考え方です。

亀の井別荘・中谷健太郎氏の観光に対する考え方は、「観光の中身は特別に観光用に造られるべきではなく、その土地の暮しそのものが観光の中身である。村の生活が豊かで魅力あるものでなくて、なんのその土地に魅力があろうか」という「生活型観光地」でした。

ゴルフ場反対
1970年に町の近くにゴルフ場の建設計画が持ち上がりました。別府から湯布院に来る途中の景観が損なわれることを心配した有志の間で「湯布院の自然を守る会」が組織され、開発を阻止しました。翌年、「明日の湯布院を考える会」と改められ、この頃から住民がまち作りに積極的にかかわるようになったと言われます。その結果、湯布院町は徐々に活性化し、現在の保養温泉地へと姿を変えていきました。

町作り条例の礎となった家訓とは?

中谷氏の祖父の時代の「亀の井別荘」の客層には、著名な犬養毅、北原白秋、与謝野晶子などの著名人がいました。湯布院にはその頃から、脈々と受け継がれる町づくりの骨格となった先人の教えがあるそうです。大正時代にまとめられた「由布院温泉発展策」です。東京の日比谷公園や明治神宮などを設計した日本初の林学博士・本多静六氏が、由布院に来て語った講演録をまとめたもので、特に次の一節を大切にします。

ドイツに学べ
「ドイツにある温泉地バーデン=バーデンのように、森林公園の中にあるような町づくりをするべきだ」

「町中が公園のようであればいい」「地場の産物を研究開発する」といった多くの提言がされていて、中谷氏の祖父の世代が感動して記録に残したと言います。

ドイツ研修旅行で感銘を受ける!
3氏がドイツ研修旅行で最も感銘を受けたのは、町会議員が語った次の言葉。「町に大事なのは『静けさ』と『緑』と『空間』。私たちは、この3つを大切に守ってきた。100年の年月をかけて、町のあるべき姿をみんなで考えて守ってきたのです。」この言葉が町作りの大きなヒントになり、由布院の目指すべき観光は、団体旅行による歓楽型ではなく「昔ながらの景観」を維持することだという理念に至ります。

湯布院のユニークなイベントは?

住民の「日常」と観光客の「非日常」の融合
地元の人々が中心となって様々なイベントを企画し、日常の暮らしの一部として楽しみます。観光客は旅先と言う非日常の中で、地元住民の日常の暮らしに触れ、溶け込んでいきます。こうした融合が湯布院観光の特徴であり、理念とされます。

  • 牛一頭牧場運動
    稲作の機械化によって農耕牛が減り、牧草の原野にリゾート開発の手が入り始めると、1972年に「牛一頭牧場運動」を展開しました。これは、都会に住む人たちに牛のオーナーになってもらい、その牛を農家が飼育し、謝礼として毎年町の特産物を贈るという企画です。この運動のおかげで、酪農家は経営難から立ち直り、牧場の牛も増え、牛の放牧場であった広大な牧野(草原)が残されることになりました。
  • 牛喰い絶叫大会
    人大自然に囲まれた広い牧草地の中で、地元の「豊後ゆふいん牛」の炭火焼きを食べた後、参加者が思いの丈を絶叫し、声の大きさや内容のユニークさを競う大会です。全国から管顧客が多く訪れる名物行事となっています。「牛一頭牧場運動」で募った牛のオーナーを招待し、高原でバーベキューパーティーを開いて交流を図ったことがきっかけ。1976年に第1回大会が開かれ、以来現在まで続いています。
  • 音楽祭・辻馬車
    1975年には、野外で開催される湯布院音楽祭と、辻馬車と呼ばれる観光用の馬車が誕生。
  • 映画祭
    1976年には、湯布院映画祭が誕生。
湯布院の御三家とは?
老舗宿
湯布院といえば、「一生に一度は行ってみたい温泉」として人気を誇ります。素敵な宿が多い中、「一生に一度は泊まってみたい宿」として名高いのが、「亀の井別荘」、「由布院玉の湯」、「山荘 無量塔(むらた)」の3つの宿です。ネオン街を排し、湯布院の原風景を乱開発から守ってきたのが、御三家を中心とした老舗宿です。
旅館がレシピを公開するの?
おもてなしの心
「ゆふいん料理研究会」では、旅館の料理長が中心となり、「由布院らしい料理」の意見を出し合ったり、レシピを共有したりしてレベルアップを図るといいます。湯布院では日ごとに違った旅館に泊まるお客さんも多い為、似たような料理を出さないよう旅館同士で献立を連絡したりもします。こうした心のこもったおもてなしが、湯布院のリピーター獲得につながっています。
山頭火ミュージアム「時雨館(しぐれかん)」について

昭和5年(1930年)に放浪の俳人・種田山頭火が湯平(ゆのひら)温泉に2泊している。この時、木賃宿の娘さんに、放浪の身であり荒んだ身なりにも関わらず親切にしてくれたことに感謝し、「しぐるるや 人のなさけに 涙ぐむ」と詠んだことから設立された美術館です。

山頭火が宿泊した「大分屋」はすでになく、跡地に山頭火の姿を模した句碑が立っています。

【営業時間】10時〜17時(年中無休・夏季は18時まで)
【入館料】100円

湯平小学校(閉校)校長の「校長室より」から、山頭火に関する当時のエピソードを知ることができます。