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栗林マロン野菜ソムリエこのレシピの製作者
栗林マロン:日本野菜ソムリエ協会認定 野菜ソムリエ。料理研究家
食事から真の幸せを得るためには、健康を意識した食材と調理法と食事法を心がけることが大切ですね。このサイトでは、食べる喜びと健康的なダイエットのバランスが取れたレシピをご紹介しています。どうぞ、お役立てください!

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洋食のよくある質問

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洋食とは?
洋食(ようしょく)とは、広義では西洋料理を意味しますが、狭義では「日本で独自に発展した西洋風の料理」です。幕末から明治期にかけて生まれました。
洋食の歴史は?

南蛮料理が始まり
この西洋料理は、織田信長の時代に渡来してきたポルトガル人やスペイン人がもたらした南蛮料理が始まりです。

草野丈吉
江戸末期に長崎の出島、オランダ商館で皿洗いをしていた草野丈吉が、日本初の西洋料理店を長崎に開店しました。海外賓客をもてなす高級レストランでした。ビフテキ、カレー、スポンジケーキなどが供されました。

精養軒
明治に入り、日本に本場仕込みの西洋料理を伝えたのは、外交関係の政治家のハウスコックや外国船のコックでした。1870年代には東京上野に「精養軒」(現在の上野精養軒)が開店。肉食も解禁になりましたが、肉食に対する抵抗感も強く、西洋料理を味わうことができたのは、限られた富裕層だけでした。

代用品で工夫
明治中期になると、各地に西洋料理店が開店し始め、庶民にも少しずつ普及しだします。当時の日本で西洋料理の食材を揃えるのは困難であった為、代用品が使われました。さらにコックたちは日本人の口あうように工夫を凝らした結果、コロッケ、カレーライス、エビフライ、ポークカツレツなど様々な洋食を完成させました。

銀座煉瓦亭
明治28年創業の銀座煉瓦亭は、洋食の歴史を語る上で欠かない老舗店の一つです。トンカツ、オムライス、カキフライ、エビフライ、ハヤシライスなど数多くの洋食定番メニューを考案しました。トンカツに千切りキャベツを添え、ウスターソースで食べるというおなじみのスタイルも、煉瓦亭が考案しました。

イタリアンの発祥は?

古代ローマ帝国
イタリア料理の始まりは大変古く、古代ローマ帝国までさかのぼります。古代ローマの人たちは、食事の時間をとても大切にしており、この時代から1日3食の習慣が始まりました。1食毎にコース料理として2〜3時間かけて食事を楽しんだそうです。また裕福なローマ人の間では、腕利きの料理人を雇ってパーティーを開き、客人にご馳走するという習慣が生まれました。料理人は腕を競いあい、新料理の開発に励み、イタリア料理を発展させていきました。ローマ遠征の際、兵士の携帯食であったチーズなどが、ヨーロッパの各地へ広まったといわれています。

ことわざ
よく知られた言葉に、「ローマ人は食べるために吐き、吐くために食べる」というものがあります。 おいしい食事を長時間楽しむために、お腹がいっぱいになると吐いて、また食べるという贅の限りを尽くした食事を繰り返していました。

フランス料理の歴史は?

ルーツはイタリア料理
フランス料理の原型は、イタリア料理と言われています。1533年、フランスのアンリ2世にイタリアのカテリーナ・デ・メディチが嫁いだ際、イタリア料理、料理人、マナー、食器、ナイフやフォークにいたるまで、イタリアからフランスに持ち込みました。意外にも当時のフランス料理は、雑な料理を手づかみで食べる粗野なものでした。それをきっかけにして、フランスの宮廷料理やテーブルマナーが洗練されました。マカロン、フィナンシェ、アイスクリームなどのお菓子も彼女によってもたらされました。質素であったフレンチは、イタリア料理の影響を受けて成長し、世界三大料理と称えられるようになりました。

フォークの4本爪
ちなみにフォークの爪は4本ですが、これは、ナポリ王国の国王フェルディナンド4世が、宮廷でパスタが良くからんで食べやすいように、爪の数を増やしたとされています。それまでは3本爪のフォーク(肉を刺すのに丁度よかった)でしたが、それでは上品に食べるのには無理があったようで、スパゲッティを巻き取りやすいよう4本爪に改良されました。現代の一般的な弓なり型のフォークは、18世紀中頃にドイツで発明されました。

オートキュイジーヌ
17世紀になると、イタリア料理の影響から離れる方向で、フランス料理の改革が進められるようになりました。フランスが独自に開発した伝統料理がほぼ完成し、内容的にもこの頃に芸術の域に達したと言われています。こうして洗練されたフランスの宮廷料理は、「オートキュイジーヌ(至高料理)」と呼ばれ、今日のフランス料理の原型が完成しました。

フランス革命
18世紀にフランス革命が起こり、宮廷の料理人の多くが失業しました。彼らは市街で料理店を開くようになり、フランス料理は一般市民も楽しめるようになりました。

コースメニューの誕生
19世紀に入り、フランス料理は大皿を並べるスタイルから、一品ずつ提供する給仕方法に変わりました。これはフランスのシェフが、寒冷地であるロシアで料理を冷まさないで提供するために工夫したものです。このアイデアは後にフランスに伝わり、コースメニューが誕生しました。

イタリアンとフレンチのテーブルマナーの違いは?

イタリア料理

  • フォークの背中に料理を乗せて食べる。
  • スープを飲む時、スプーンは手前から奥へと運ぶ。少なくなったら皿の手前を浮かせる。
  • フォークを右手に持ち替えて食べてはいけない。
  • 食べにくい料理は、手づかみで食べてもOK。
  • 食べ終えたらナイフやフォークは、お皿の中央よりも下側に縦にして並べる。(6時の方向)

フランス料理

  • サラダのレタスなどはナイフで切ってはダメ。ナイフやフォークを使って折りたたんで食べる。
  • スープを飲む時、スプーンは奥から手前へと運ぶ。少なくなったら、皿の奥を浮かせる。
  • フォークを途中で左手から右手に持ち替えてもよい。
  • 手づかみなど、手を使って食べるのは禁止。
  • 食べ終えたらナイフやフォークは、お皿の中央よりも右側に横一文字にそろえて置く。(3時の方向)
ソースの違いは?

シンプルなソース
イタリアンは、オリーブオイルやバルサミコ酢など、素材の味を活かすようなシンプルなソースが主流です。

濃厚なソース
フレンチはバターや生クリームを使った濃厚なソースが多く、ソースが料理の味を決めます。ソースが命といわれるほど手間をかけ、凝ったソースを作ります。

気候による調理法の違いは?

シンプルな味付け
イタリアンの特徴は、素材を生かしたシンプルな味付けと調理法です。地中海の温暖な気候では食材が傷みやすいので、あまり凝ったことはせず、魚を丸ごと煮込むなどして調理します。

凝った料理
一方、フレンチはソースが命と言われるように、複雑に調理された、凝った料理が多いのが特徴です。フランスは比較的涼しい気候なので食材の保存がしやすい上に、酪農が盛んで乳製品や肉が多いので、ハム・ソーセージなどの加工食品も多く、手間暇かけて美味しくする調理法が発展しました。

フレンチがソースに凝るようになった理由は?

中世時代のフランスは、物流が悪かったため、食材が新鮮なまま宮廷まで届けられず、古くなってしまうことがよくありました。料理人たちは何とか工夫をします。捨ててしまう魚の骨やエビの殻に、当時から豊富に作られていたワインを加えて、薫り高い素晴らしいスープを取りました。それをさらに煮詰めてソースとして作り上げ、調理した魚と一緒に食すことで味と風味を補う方法を編み出しました。こうしてフレンチに欠かせないソースが誕生しました。

マザーソース
フランス料理にはさまざまなソースの種類があり、細かいものまで含めると700種類以上もありますが、基本となるマザーソースは4種類と言われています。

フルコースの品数の違いは?

フレンチはイタリアンよりも料理数が多いのが特徴です。イタリア料理のフルコースでは肉か魚のどちらかを選びますが、フランス料理のフルコースでは、魚と肉の両方が提供されます。格式の高いフルコースでは11品にもなります。フルコース料理はイタリアが先に始めました。フランスは「イタリアには負けたくない」という対抗意識から、料理の品数を多くし、テーブルマナーも複雑化しました。

テーブルマナー・ナプキンの使い方は?

使うタイミング
ナプキンを広げるタイミングは、飲み物や料理のサービスが始まるときです。席についてすぐに置くと、「お腹が空いて早く食べたい」という意味になるので、あまり好ましくありません。

ナプキンの広げ方
ナプキンは二つ折りにし、輪(折り目)になっているほうを手前にして、膝からももの上に置きます。輪を手前に置くのは、重心を安定させ、ナプキンを膝から落とさないようにするためです。もしナプキンを落としてしまったら、自分で拾うのはマナー違反です。お店の方に声をかけて拾ってもらいましょう。

自分のハンカチを使うのはNG!
自分のハンカチを使うのは、「この店のナプキンは使う気になれない」という意思表示になり、お店の方に失礼になります。ナプキンは汚れた口や手を拭くためにあります。ナプキンは汚してもいいものです。きれいに使った方がいいなどと気を遣う必要はありません。口を拭く時は、二つ折りにしたナプキンの内側の部分で拭きます。

中座する時
途中で席を立つ時は、ナプキンの汚れが見えないように軽くたたんで椅子の上に置きます。テーブルの上に置いてしまうと、食事が終わったと思われてお皿を下げられることもあります。

退席する時
食事が終わったら、ナプキンの角を合わせない(角と角をずらす)ようにして軽くたたみ、テーブルの上に置きます。ナプキンをラフに置くことで「料理があまりにおいしく、ナプキンにまで気を回せなかった」というメッセージを伝えるためです。逆にナプキンをきれいに折りたたんでしまうと、「料理がおいしくなかった」というメッセージを伝えていることになります。

GoGo Weddingでは、ナプキンの使い方マナーをYouTubeで見ることができます。
30秒で分かるナイフ&フォークの基本を、テーブルマナー講座のYouTubeで見ることができます。

中華のよくある質問

レシピに関連したよくある質問の答えです

中国料理と中華料理の違いは?
中国料理は、中国で食べられている本格的な料理のことです。中華料理は日本人向けにアレンジされた中国の料理のことです。焼き餃子や天津飯、ラーメンなどは日本発祥の料理で、これらは中華料理と呼ばれています。
日本における中国料理の歴史は?

卓袱(しっぽく)料理
江戸時代鎖国の中、長崎は唯一諸外国との交流を許されました。円卓を囲み、盛られた大皿料理を取り分けて食べる中国のスタイルに、長崎の人々は和食と洋食(蘭)のアレンジも加えました。日本の「和」、中国の「華」、オランダの「蘭」のミックスした献立であるため、和華蘭(わからん)料理とも呼ばれています。身分の上下に関わらず円卓を囲んで楽しく食事ができ、また簡単で合理的であることから、町人の多い長崎で大いに受け、特に宴席で好まれるようになりました。

外国人居留地
鎖国政策が解かれ、開港後の横浜、神戸、長崎では、欧米人を集中的に居住させる外国人居留地が設置されました。欧米人たちと一緒に華僑がやってきて、隣地に「南京街」と呼ばれる居住区を作ることが許されました。いち早く西洋文化に接していたので、欧米人が日本に生活拠点を構えることができるよう、洋服や靴の仕立て、修繕、食材の調達、メイドなどのサポートを行いました。なによりも日本の人々が不慣れだった為替や貿易の仕組みを理解していました。こうして、横浜、神戸、長崎では、欧米人たちと共に華僑たちも居住するようになりました。当初、南京街の多くの食堂は、中国人向けに家庭料理を提供していました。

日清戦争が起きると、国内の華僑が激減し、日本人を含む一般客向けの中華料理店が増え始めました。第二次世界大戦が終戦すると、日本中が食料不足に陥りましたが、中国は戦勝国であったため、南京街は食料を手に入れやすい環境でした。そのため多くの人が南京街を訪れて、空腹を満たしたと言われています。

日本人の口に合うよう改良
戦前の中華料理といえば、広東料理が中心でしたが、満洲から日本人が帰国したことを皮切りに、北京料理が伝わります。さらに、1960年代には「中華の鉄人」、陳建民氏が日本のテレビ放送で四川料理を紹介し、様々な中国料理が注目されるようになりました。しかし、本場の味は日本人にとっては辛すぎるため、日本人の口に合うよう改良されました。

中国4大料理とは?

日本で中国4大料理と言うと、北京料理・四川料理・広東料理・上海料理を指します。しかし、これは日本の分け方で、中国では山東(さんとん)・江蘇(こうそ)・四川(しせん)・広東(かんとん)が4大料理となります。

日本における中国4大料理
北方系(北京料理)
南方系(広東料理)
西方系(四川料理)
東方系(上海料理)

4種類の料理の中では、薄味の広東料理が日本人の味覚に一番なじみやすいと言われます。

広東料理の特徴は?

広東は、中国大陸の南東に位置します。昔から「食は広東にあり」といわれるように、山海の食材が豊富で、こうした素材の味を生かす薄い味付けが多いのが広東料理の特徴です。

代表的な広東料理には、パイナップル入りの酢豚、シュウマイ、牛肉のオイスターソース炒めなどがあります。フカヒレ、アワビ、ツバメの巣のような高級食材を使用することでも有名です。飲茶(ヤムチャ)と呼ばれる、中国茶を飲みながら点心を食べる習慣も広東から始まりました。

「4本足のものは机と椅子以外、2本足のものは家族以外、飛ぶものは飛行機以外、水中のものは潜水艦以外、なんでも食べる」と表現されるほど、たくさんの種類の食材を調理して食べます。

上海料理の特徴は?
海に面しているので、魚介類を活かした料理が多いのが特徴です。醤油の産地であるため、あんかけが多く、味付けは濃い目です。代表的な上海料理は、上海ガニ、豚の角煮、海鮮おこげ、ショーロンポーなど。
四川料理の特徴は?

四川は蒸し暑い盆地に位置するため、冬は体を温め、夏は食欲を促進させる料理が特徴的です。麻婆豆腐、火鍋、エビのチリソース、回鍋肉、担担麺、棒棒鶏など香辛料を使った辛い料理が有名です。

北京料理の特徴は?

北京は冬の寒さが厳しいため、高カロリーな料理が多く、味付けもしっかりとしているのが特徴です。主食は米が育たないので、饅頭や麺類など小麦粉を使ったものが中心です。代表的な北京料理は、カモを一羽丸ごと揚げる北京ダック。他に青椒肉絲、羊肉しゃぶしゃぶ、水餃子、肉まん、刀削麺なども有名です。

北京料理は華やかな宮廷料理の流れを汲んでいます。その宮廷料理に大きな影響を与えたのが山東料理です。明清時代に宮廷料理人として、山東出身者の料理人が採用されることが多かったため、山東料理が宮廷料理の原型になったと言われています。

中国最古のメニュー「周の八珍」とは?

秦の始皇帝が中国を統一する以前の紀元前1050年頃、勢力を誇る周の国には、すでに宴会に出される会席料理があり、これを8種類の料理からなる周の八珍といいます。その調理方法としては、焼く、煮るといった料理法の他、酒漬け生物、野菜の塩漬けなどもあったようです。特に魚の照り焼きが大変好まれていたようです。

その後の三国時代でも、焼く、蒸す、煮る、乾す、漬けるといった調理が行なわれ、現代に続く中国料理の基本が、この時代にほぼできあがっていたようです。

現在の中国料理に見られる、炒める、揚げるといった調理法の起源は、日本の平安時代にあたる北宋の時代で、磁器を作るための石炭窯を、料理用の炉やかまどに転用して広まったといわれています。

宮廷料理の始まりは?

清の第6代皇帝であった乾隆帝(けんりゅうてい)は、膨大な費用をかけて江南地方を視察し、気に入った料理人を北京の紫禁城に連れて帰りました。これが宮廷料理に大きな影響を与えました。贅を尽くした宮廷料理「満漢全席」も、この乾隆帝の時代に始まりました。当時の宴席では、様々な出し物を観たりしながら、100種類を超える豪華な料理を数日間かけて食べました。

満漢全席とは
満漢全席は、フカヒレやツバメの巣などの高級食材から珍奇な材料まで用いた、ぜいたくな料理を2〜3日かけて味わう宴会様式の料理です。乾隆帝が揚州を訪れた際、漢民族の豪商たちが山海の珍味を集め、満州風料理の手法を取り入れて献上した料理に「満漢席」と命名したのが始まりと言われます。

西太后も愛した
清の末期に絶大な権力をふるった西太后は、大変な食通で、宮廷の料理人たちは彼女の意にそうようにと苦心して料理の腕をふるったといいます。その結果、中国料理が最高の水準にまで高められたとされています。現在の北京料理がこれらの宮廷料理の流れを引き継いでいます。