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湯布院:大分川の菜の花 湯布院:大分川の菜の花
湯布院:大分川の菜の花 湯布院:角柱本店の豊後牛ステーキ丼
湯布院:大分川の菜の花 湯布院:亀の井別荘「茶房 天井棧敷」

マロンの食べ歩き(九州)あこがれの湯布院(3)

行列ができる店「角柱本店」の豊後牛ステーキ丼や時の流れを忘れる「茶房 天井棧敷」のヨーロッパ風の深い焙煎仕立てのコーヒー、こだわりの味、亀の井別荘「鍵屋」のおはぎなど盛りだくさんの内容です!

  1. 大分川沿いの菜の花
  2. 「角柱本店」の豊後牛ステーキ丼
  3. 亀の井別荘「茶房 天井棧敷」のコーヒー
  4. 亀の井別荘「鍵屋」の“おはぎ”

大分川の菜の花

大分川の菜の花
大分川の菜の花

二年前に行ってから、すっかりはまちゃった湯布院。もう一度行きたくて、行きたくて、先回は冬の初めだったので、今度行くなら春と決めてました。なぜかって、大分川沿いの菜の花がどうしても見たかったからなのです。
今回は低気圧のど真ん中で、残念ながら由布岳は見れなかったですけど、そんなのへっちゃらです。先回しっかり見れたから。ね、憧れの菜の花はいっぱい写真に収めてきましたよ。

花を傷めないように気をつけながら、河原にも下りて、いっぱい撮りました。朝方からの雨に濡れて、新緑をバックにしっとり輝く黄色い花。
あまりの可愛らしさに涙がでそうになりました。
ときどき由布岳から吹き降ろす強い風が河原を渡って行きます。誰もいない静かな河原。時がたつのを忘れてしまいました。

マロン

由布院と菜の花

春、大分川沿いを埋め尽くす菜の花は、元々咲いていた菜の花を土手一面に広げようと、由布院温泉旅館組合の青年部の手で河川敷に蒔かれ、大切に管理されています。
毎年9月〜10月に菜の花、6月〜7月に秋桜の種が青年部と青年部OBによって蒔かれるそうです。
回を重ねるごとに蒔き方にも工夫が加えられているそうですよ。 4月上旬から咲き始める菜の花は桜と共に由布院の春の見どころとして賑わっています。郷土を愛し、大切にする心がここにも息づいていますね。

湯布院:湯の坪街道マップ B-speak パン工房 まきのや 櫟〔くぬぎ〕の丘 山のホテル 夢想園 金賞コロッケ 金賞コロッケ 茶房 天井棧敷 貧乏な貴族 ホテル ゆふいん七色の風 角柱本店
行きたい所をクリックすると、説明にジャンプできます♪

角柱本店の豊後牛ステーキ丼

霧にむせぶ由布岳
霧にむせぶ由布岳

今回の湯布院食べ歩きは、最初からハラハラドキドキのハプニング続出でした。山陽道から九州道に入り、北九州JCTを経て、いったん国道に降り、大分道に上がったとたんに、「霧のため通行止め」の表示!「え"え"〜!( ̄[] ̄;)」西からやって来るものすごい低気圧に、もろガッチンコしちゃったのです。

やむなく、速見ICですごすご高速を降りることに。国道も霧で真っ白‥視界200m‥超低速運転。「あ〜ん!(ノД`;) これじゃ湯布院着くのお昼過ぎちゃうよ〜!」と大パニックマロン。(^_^;)
と言うのは、湯布院での最初のお目当て「角柱本店」の豊後牛ステーキ丼は、超人気一日50食限定で、売り切れご免なのです。行列ができるお店で、お昼にはもうない日も多いとか‥。

湯布院「角柱本店」
湯布院「角柱本店」

それでも、別府に抜けて、県道11号線で城島高原を越える頃には霧がサァ〜てうそみたいに晴れました。「もうすぐだよ」とパパ。「うひゃ〜やったぁ!間に合いそう!」ってことで、なんとか午前11時過ぎには湯布院に入れました。
B-speakパン工房まきのやを覗いて見たい気持ちをぐっと抑えて、とにかく角柱本店に直行!『もう行列できてるかなぁ‥』と思いきや!‥あれ?

な、な、なんと!お客さんが一人もいないのです!貸し切り状態‥。「ど、どうゆうこと?」「場所、間違えたかな‥」と、ドギマギしながらも「豊後牛ステーキ丼」を注文。待ってる間も誰も入ってこない‥。ますます不安な二人でしたが、この理由は後で分かることになります。
とにかく!さぁ!来た来た!箸でも切れると評判の柔らか豊後牛のステーキどんぶりです!

お箸で切れる柔らかさ!豊後牛ステーキ丼!

角柱本店の「豊後牛ステーキ丼」
角柱本店の「豊後牛ステーキ丼」

でへへ。(*^_^*) も〜う!ダイエットのことも、カロリーのことも、すっかり忘れちゃいました。(^_^;) なんなのだ‥、このとろけるような柔らかさは‥。牛サーロイン独特の味わい深い香りと得も言われぬ旨みに酔いしれました。

精肉店が営むとあって、肉の質、ボリュームともに大満足です。
このA5級等級の和牛サーロインが、ご飯の上にのって2700円。決して後悔させません!
カロリーは自己責任で‥(^_^;)

お口の中でとろけました
お口の中でとろけました

それにしても、どうしてこんなに空いてるんだろ‥そんなことを考えてると、隣の席にとても素敵な二人連れの中年女性が入ってこられました。
旅慣れたご様子で、湯布院のことをいろいろと楽しそうに話しておられます。
すっかり耳ダンボのマロン(^_^;)‥。

勇気を出して話しかけてみました。
「もう食事は済んでお腹一杯なんだけど、こんなにすいてるのはめずらしいのでつい入ってきちゃった」とのこと。おー!今日はラッキーだったんだ!やっぱりいつもは行列ができるほど混んでいて、なかなか食べられないそうです。

お土産は「湯の坪横丁」でGet!
お土産は「湯の坪横丁」でGet!

このお二人、旅のスペシャリストでした。湯布院の情報も超ディープ!
「湯布院って、来るたびに発見があって楽しいのよね」「そう、魅力的よね」「へぇ〜!どんな所がですか?」メモメモ!(^_^;) 「『なな蔵』さんの豆腐の味噌漬けはチーズのようで美味しいわよ」「『鍵屋』さんの柚子こしょうも、お肉につけて食べるとピリッとアクセントになって最高よね」。フムフム(*・ω・)、ホホー(・0・。) 、ヘー(・ω・*)ただただ感心のマロンとパパ(^_^;)‥。

とっておきのお店やマル秘お宿情報などをGetできました!豆腐の味噌漬けは、マロンも友達のお土産に3つ買って帰りましたが、大評判でしたよ!
「でも、やっぱりお湯は別府よね」「そう。だからお宿は別府で、遊びはここって決めてるの」とのこと。
いやはや勉強になりました。脱帽。<(_ _)>

亀の井別荘「茶房 天井棧敷」

湯布院「金鱗湖」
湯布院「金鱗湖」

さて、おいしいステーキ丼をいただいた後、今回どうしても行ってみたいと思ってる「茶房 天井棧敷」に向かいました。
天井棧敷は、金鱗湖の近く、あの有名な湯布院・三大名旅館の一つ、亀の井別荘の敷地内にあります。
亀の井別荘は創業大正10年。湯布院を代表する名旅館として全国に名を馳せていますね。

亀の井別荘庭内にある「茶房 天井棧敷」
亀の井別荘庭内にある「茶房 天井棧敷」

緑の小道を少し歩くと、タイムスリップしたような古風なお屋敷が現れます。
「茶房 天井棧敷」は、亀の井別荘庭内の雑貨「鍵屋」の二階にあります。
江戸時代の終わり頃の造り酒屋の建物の屋根裏を改造したということで、深い趣きのある静かな時が流れるカフェでした。

ヨーロッパ風に深い焙煎に仕立てられた、力強い味わいとほのかな甘みと評判の珈琲が楽しみです。

透明感のある苦味「天井桟敷ブレンド」コーヒー

天井桟敷ブレンド
天井桟敷ブレンド

店内も下の写真のとおり、古い木造を生かした素敵なしつらえです。

優しい光が差し込む窓際の席に案内してくださいました。なんだか詩集が読みたくなる雰囲気です。

わたしたちが選んだのは、「天井桟敷ブレンド」。
透明感のある苦味と強いコク、鮮やかなあの風味は今でも鮮明に思い出すことができます。 お聞きしてみると、コロンビア豆の深煎りにこだわった四十年だそうです。

「茶房 天井棧敷」の素敵な店内
「茶房 天井棧敷」の素敵な店内

少々苦くして、優しい甘味のコーヒーは、亀の井別荘の歴史の味でもあるんですね。
亀の井別荘を代表するブランドとなった天井桟敷コーヒー。
頑固で寡黙な老職人のこだわりの一品に触れたような感動でした。

冷たいレアケーキといちごジュース

冷たいレアケーキ
冷たいレアケーキ

そして、新鮮なヨーグルトとクリームチーズを合わせた冷たいレアケーキも最高でした。

いちごジュースは、中津市耶馬渓町“結農園”の朝摘みいちご「森のいちご」で作っているそうです。ほんとうに高原の朝の爽やかさでした。

いちごジュースとカフェの窓
いちごジュースとカフェの窓

あまりおいしいコーヒーなので豆を買いました。
しおりには、「お湯の温度は約85℃を基準に、温度を高くすると苦みが、低くすると甘味が出やすくなります」とありました。

大正時代のカフェに来たような店内。パパと二人、静かに流れる時間を味わいました。

あの有名な「鍵屋」の“おはぎ”も食べたよ!(*^.^*)

湯布院「鍵屋」
湯布院「鍵屋」

でへっ♪~(=^‥^A 湯布院「茶房 天井棧敷」でおいしいコーヒーをゆっくりいただいた後は、一階の「鍵屋」のあの有名なおはぎです。(^_^;) しっとりと新緑が輝く金鱗湖近くのベンチに腰掛けて、パパと二人でいただきました。

「うん!旨いなぁ!」「さすがだ!」って、パパが感動して、あんまり繰り返すもんだから、「マロンのとどっちがおいしい?(*・へ・*)」「え?そ‥そりゃ、君のだよ‥ハハ‥(;~▼~;)」って、目が泳いでる。やさしいパパ。うそでもうれしいわ。(*^^*)

鍵屋のおはぎ
鍵屋のおはぎ

鍵屋のおはぎは、評判どおり、甘さを絶妙に抑えることにより、小豆の味わいをみごとに引き出していました。きなこと一つずつ買ったけど、やっぱり小豆が好きです。

評判どおりの美味しさ♪
評判どおりの美味しさ♪

このおはぎは、亀の井別荘のご主人、中谷 健太郎さんのおばあさまのレシピで作られていると聞きました。中谷さんと言えば、由布院を築いた人としてあまりにも有名ですね。郷土への深い愛が、この小さなおはぎにも込められていました。

マロンのおはぎのレシピ

天井棧敷の窓際の席に座って、おいしい深焙煎のコーヒーを啜りながら眺める新緑は、切ないほどの美しさでした。雨に洗われた木々の緑が薄靄にやさしく溶け込み、息づいています。
着物姿の大正時代の小説家か俳人が座っていても、ちょっとも違和感のない空間‥。
「青葉揺る、旅情切なき、カフェの窓」−漫浪

栗林マロン野菜ソムリエこのページの執筆者
栗林マロン:日本野菜ソムリエ協会認定 野菜ソムリエ。料理研究家
食事から真の幸せを得るためには、健康を意識した食材と調理法と食事法を心がけることが大切ですね。このサイトでは、食べる喜びと健康的なダイエットのバランスが取れたレシピをご紹介しています。でも、時には外食を楽しんで、自分にご褒美をあげましょう!

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湯布院 豆知識

知って得する「湯布院」情報

湯布院ってどんなところ?

湯布院は、大分県の中央部に位置する人気温泉地です。標高1,584mの活火山、由布岳(ゆふだけ)の麓に広がる温泉地帯で、温泉湧出量、源泉数ともに全国2位の豊富な湯量を誇ります。夏は高原の冷涼な気候で過ごしやすいことから「東の軽井沢、西のゆふいん」と言われ、女性に人気があります。

盆地
海抜450mの四方を山に囲まれた盆地ですが、夏は高原性の気候で涼しく、「九州の軽井沢」と称され、避暑地としても人気があります。

一般的な温泉地とは異なる
人口は約1万人、年間約400万人の観光客が訪れます。大規模なレジャー施設があるわけでもなく、100軒ほどある比較的小規模の旅館が、自然風景に溶け込むように立ち並んでいます。温泉地にありがちな歓楽型や一泊豪華主義型といった団体の観光客向けではなく、個人客に「癒し」を提供する温泉保養地として知られています。

温泉の効能は?
胃腸病特効
湯布院町にある湯平(ゆのひら)温泉は、800年前の鎌倉時代に温泉場が開かれたと言われています。現在のような温泉街の骨格が出来上がったのが江戸時代と言われ、当時から胃腸病に効く湯治場として有名でした。
由布院の語源は?

ゆふ院
「ゆふいん」という名前は奈良時代に付けられました。当時この地域では、楮(こうぞ)の皮から取れる繊維を「ゆふ」と呼んで布を作っていました。そして「院」と呼ばれる大きな倉が幾つもあったことから、「ゆふ院」と呼ぶようになりました。

由布院
そして平安時代に、古くから布をつくっていたことから、「物事の始まり」を示す「由」と「布」があてられて「由布院」になったと言われています。

情報番組この差って何ですか?には、由布院と湯布院の差についての情報があります。

由布院?それとも湯布院?
昭和30年(1955年)、由布院町と湯平(ゆのひら)村が合併することになり、「湯布院」と言う呼び名に変わりました。
なぜ由布院と湯布院を使い分けるの?
昔の由布院町に言及する時は「由布院」、合併後の湯布院町全体を紹介する時は「湯布院」が使われますが、どちらを使っても間違いではありません。最近では「ゆふいん」とひらがなで表記される事も多くなってきました。
湯布院の町作りの歴史は?

ダム建設反対
合併に先立つ昭和27(1952)年、由布院盆地をダム湖にする計画が持ち上がりました。町を二分する大論争となりましたが、反対派の若手リーダー、岩男頴一 (ひでかず)が初代町長に当選し、ダムによらない町づくりを推進、保養温泉地構想を打ち出しました。

別府とは違う路線を目指す
高度成長時代にあって、別府温泉は歓楽型温泉地として隆盛を極めていましたが、別府と同じ路線を追いかけても勝ち目はないと考えた岩男町長は、別府との差別化を図り、歓楽的要素を排した保養型の温泉地を目指しました。

老舗旅館の若きリーダー達
1960年代になると、旅館の若手経営者、中谷健太郎(亀の井別荘)、溝口薫平(玉の湯)、志手康二(夢想園、故人)ら3氏も由布院の町づくり構想に加わりました。3氏は、岩男町長の西ドイツ視察に啓発され、私費でヨーロッパの保養温泉地を視察。感銘を受けた3氏はクアオルト(温泉保養地)構想の推進を行政に訴えていきます。

クアオルト構想
クアはドイツ語で「治療」「保養」、オルトは「場所」「地区」を意味します。この構想は、観光の町を作ることではなく、地域の自然・文化・伝統を大切にし、そこに住む人が本当に暮らしやすい町を作ることこそ、すぐれた観光地であるという考え方です。

亀の井別荘・中谷健太郎氏の観光に対する考え方は、「観光の中身は特別に観光用に造られるべきではなく、その土地の暮しそのものが観光の中身である。村の生活が豊かで魅力あるものでなくて、なんのその土地に魅力があろうか」という「生活型観光地」でした。

ゴルフ場反対
1970年に町の近くにゴルフ場の建設計画が持ち上がりました。別府から湯布院に来る途中の景観が損なわれることを心配した有志の間で「湯布院の自然を守る会」が組織され、開発を阻止しました。翌年、「明日の湯布院を考える会」と改められ、この頃から住民がまち作りに積極的にかかわるようになったと言われます。その結果、湯布院町は徐々に活性化し、現在の保養温泉地へと姿を変えていきました。

町作り条例の礎となった家訓とは?

中谷氏の祖父の時代の「亀の井別荘」の客層には、著名な犬養毅、北原白秋、与謝野晶子などの著名人がいました。湯布院にはその頃から、脈々と受け継がれる町づくりの骨格となった先人の教えがあるそうです。大正時代にまとめられた「由布院温泉発展策」です。東京の日比谷公園や明治神宮などを設計した日本初の林学博士・本多静六氏が、由布院に来て語った講演録をまとめたもので、特に次の一節を大切にします。

ドイツに学べ
「ドイツにある温泉地バーデン=バーデンのように、森林公園の中にあるような町づくりをするべきだ」

「町中が公園のようであればいい」「地場の産物を研究開発する」といった多くの提言がされていて、中谷氏の祖父の世代が感動して記録に残したと言います。

ドイツ研修旅行で感銘を受ける!
3氏がドイツ研修旅行で最も感銘を受けたのは、町会議員が語った次の言葉。「町に大事なのは『静けさ』と『緑』と『空間』。私たちは、この3つを大切に守ってきた。100年の年月をかけて、町のあるべき姿をみんなで考えて守ってきたのです。」この言葉が町作りの大きなヒントになり、由布院の目指すべき観光は、団体旅行による歓楽型ではなく「昔ながらの景観」を維持することだという理念に至ります。

湯布院のユニークなイベントは?

住民の「日常」と観光客の「非日常」の融合
地元の人々が中心となって様々なイベントを企画し、日常の暮らしの一部として楽しみます。観光客は旅先と言う非日常の中で、地元住民の日常の暮らしに触れ、溶け込んでいきます。こうした融合が湯布院観光の特徴であり、理念とされます。

  • 牛一頭牧場運動
    稲作の機械化によって農耕牛が減り、牧草の原野にリゾート開発の手が入り始めると、1972年に「牛一頭牧場運動」を展開しました。これは、都会に住む人たちに牛のオーナーになってもらい、その牛を農家が飼育し、謝礼として毎年町の特産物を贈るという企画です。この運動のおかげで、酪農家は経営難から立ち直り、牧場の牛も増え、牛の放牧場であった広大な牧野(草原)が残されることになりました。
  • 牛喰い絶叫大会
    人大自然に囲まれた広い牧草地の中で、地元の「豊後ゆふいん牛」の炭火焼きを食べた後、参加者が思いの丈を絶叫し、声の大きさや内容のユニークさを競う大会です。全国から管顧客が多く訪れる名物行事となっています。「牛一頭牧場運動」で募った牛のオーナーを招待し、高原でバーベキューパーティーを開いて交流を図ったことがきっかけ。1976年に第1回大会が開かれ、以来現在まで続いています。
  • 音楽祭・辻馬車
    1975年には、野外で開催される湯布院音楽祭と、辻馬車と呼ばれる観光用の馬車が誕生。
  • 映画祭
    1976年には、湯布院映画祭が誕生。
湯布院の御三家とは?
老舗宿
湯布院といえば、「一生に一度は行ってみたい温泉」として人気を誇ります。素敵な宿が多い中、「一生に一度は泊まってみたい宿」として名高いのが、「亀の井別荘」、「由布院玉の湯」、「山荘 無量塔(むらた)」の3つの宿です。ネオン街を排し、湯布院の原風景を乱開発から守ってきたのが、御三家を中心とした老舗宿です。
旅館がレシピを公開するの?
おもてなしの心
「ゆふいん料理研究会」では、旅館の料理長が中心となり、「由布院らしい料理」の意見を出し合ったり、レシピを共有したりしてレベルアップを図るといいます。湯布院では日ごとに違った旅館に泊まるお客さんも多い為、似たような料理を出さないよう旅館同士で献立を連絡したりもします。こうした心のこもったおもてなしが、湯布院のリピーター獲得につながっています。
山頭火ミュージアム「時雨館(しぐれかん)」について

昭和5年(1930年)に放浪の俳人・種田山頭火が湯平(ゆのひら)温泉に2泊している。この時、木賃宿の娘さんに、放浪の身であり荒んだ身なりにも関わらず親切にしてくれたことに感謝し、「しぐるるや 人のなさけに 涙ぐむ」と詠んだことから設立された美術館です。

山頭火が宿泊した「大分屋」はすでになく、跡地に山頭火の姿を模した句碑が立っています。

【営業時間】10時〜17時(年中無休・夏季は18時まで)
【入館料】100円

湯平小学校(閉校)校長の「校長室より」から、山頭火に関する当時のエピソードを知ることができます。