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湯布院温泉食べ歩き:B-Speakの「Pロール」 B-Speakの「Pロール」
湯布院温泉食べ歩き:B-Speakの「Pロール」 B-Speak
湯布院温泉食べ歩き:B-Speakの「Pロール」 「夢想園」の家族露天風呂

マロンの食べ歩き(九州)あこがれの湯布院(1)

B-speakのPロール

由布岳(標高1583メートル)
由布岳(標高1583メートル)

小雪がちらつく久住高原を後に、今回の食べ歩きのもう一つの目玉!湯布院に向かった。県道11号線を北上して、峠を越える。途中、感動的な由布岳の姿が見えました。大きな雪雲を支えるかのようにずっしりとそそり立ってます。標高1583メートル。その尖頭は白銀。息を呑むような風景でした。B-Speakの「Pロール」を予約した時間が迫ってる。でも感動して夢中に写真撮ってるパパに「早くぅ〜」とは言えなかった。

湯布院でどうしても食べたかったB-speakのPロール!店の前の行列はもはや名物って言うんで、5日前から予約しておいた。夕方4:30の約束になんとか間に合った。
「由布岳をバックにどこかで写真を撮ろう!」。日が傾いて由布岳が黄金色に輝いている。頂上は真っ白な雪化粧。なんという美しさ‥。今しかない。
「早くしないと日が落ちるな‥」焦るパパ‥(゜д゜;)。
と、絶好のすばらしい場所があった!

B-Speakの前に出来ている行列と黄金色に輝く由布岳
B-Speakの前の行列と黄金色に輝く由布岳

由布岳をバックに撮ったB-speakのPロール!ね〜!おいしそーでしょ〜♪(*T▽T*) 憧れの由布岳が夕日にキラキラ輝いてる。
肌を刺す冷たく透き通った夕風。
「風のハルカ」の一シーンが蘇った。
んんん〜‥(# ̄ ▽ ̄#) ‥口に含んだとたん、ふんわりスポンジが綿菓子みたいにシュワーって溶けた。そのあと、極上のクリームの至福の味わいが口いっぱいに広がって、脳内麻薬が体全体を駆け巡った。
あ〜来てよかった‥(;_;)

B-speakのPロール
B-speakのPロール

上品な甘さの生クリーム。地鶏を使ってるんですって。お口いっぱいに新鮮卵の香りを感じる。 プレーンとチョコの2種類。1本1050円。行列ができる超人気のお店だよ。

お宿の「山のホテル 夢想園」に着いたら、すっかり日が暮れました。

マロン

由布院と湯布院の呼び名の違いって?

昭和30年に旧由布院町と旧湯平村の合併によってついた新しい町名を「湯布院町」といいます。 それまでは湯のつく地名はなかったそうです。そのため、町全体を言う時は湯布院を使いますが、昔からある地名は「由布院駅」や「由布岳」というように由の文字を使います。ちなみに2005年10月には、庄内、狭間と合併し、「由布市」となったそうです。

湯布院:湯の坪街道マップ B-speak パン工房 まきのや 櫟〔くぬぎ〕の丘 山のホテル 夢想園 金賞コロッケ 金賞コロッケ 茶房 天井棧敷 貧乏な貴族 ホテル ゆふいん七色の風 角柱本店
行きたい所をクリックすると、説明にジャンプできます♪

山のホテル「夢想園」

山のホテル「夢想園」
山のホテル「夢想園」

老舗旅館の夢想園、売りは広さ150畳の女性専用大露天風呂。高台に立つ宿なので雄大な由布岳を眺めながら湯につかれるという絶景のロケーション。他では味わえない開放感があります。風のハルカの撮影もこの露天風呂で行われたとか。

通していただいたお部屋は湯布院町全体が見渡せる絶景の場所。(@^▽^@) 「夜景がヤケに美しいなぁ!~(=^‥^A」なんて、もう300回も聞いたおやじギャク繰り返すパパも、許しちゃう許しちゃう。ご機嫌のマロンなのでした。

大露天風呂へ向かう廊下と夕闇の由布岳
大露天風呂へ向かう廊下と夕闇の由布岳

やっぱりお食事の前にご自慢の女性専用大露天風呂「空海の湯」をいただかなくっちゃね。
うわさ通りのすばらしいお湯でした。
深まる夕闇の中、微かな残り陽に縁取られた由布岳が荘厳な姿を惜しげもなく見せてくれます。顎までお湯につかって‥あ〜‥もう、言うことないよ〜‥はぁ〜(*´ο`*)‥ってちょっとお腹すいたけど‥(^_^;)

九州名産がたっぷりのディナー♪

えへへ。(*^_^*) お腹もすっかり準備が整って、待ちに待ったお食事です。豊後牛の網焼きにとよのしゃも鍋とご当地名産がたっぷりで、わくわくしちゃう♪〜(*´∀`*)

先付けとおつくり
先付けとおつくり

先付け
子持ち鮎の甘露煮。からすみと大根。水菜と車麩、しめじのピーナッツあえなど。豆腐のわさび漬けはクリーミーでピリッとしてて、ほんと妙味!

ゆばしんじょとしらこのきみあえ、卯の花仕立て
う〜ん‥しらこの苦味がたまりません〜)^o^(

おつくり
鯛、まぐろ、かんぱち。おいぴ〜!幸せ〜!(*T▽T*)

とよのしゃも鍋と山女の柚あん焼き
とよのしゃも鍋と山女の柚あん焼き

とよのしゃも鍋
新鮮な地鶏を使ったしゃも鍋。やっぱりここまでこないと食べられない一品。心地よい歯ごたえと深い味わいに感動‥。

山女の柚あん焼き
ゆずと醤油の甘味が絶妙のコラボレーションでした。

豊後牛の網焼き
なんて、やわらかくて香ばしいのでしょう。脂がほどよくのった、極上和牛の味わい‥。お口の中でとろけたお肉が流れるように咽を下りました〜!(≧∇≦)

豊後牛の網焼き
豊後牛の網焼き

かぶの煮物
おいしいゆず味噌に九州の晩秋を感じます。

さわらのそばの実蒸し
最後まで楽しませていただいたお食事。もうお腹いっぱいなのに、ズルズルって入っちゃいました。(;^_^A

デザート
デザートは、ゆずのチーズケーキとマーマレードに柿と梨。ほんとうに季節を満喫させていただきました。

あ〜大満足だったお食事‥。すっかり出来上がっちゃったマロンとパパ。
でも、やっぱりもう一度夜の露天風呂に浸からなくっちゃね。肩まで浸かると、冷たい夜風が火照った顔に心地いい‥。
感動の連続だった九州食べ歩きも明日でおしまいかぁ‥。
でも、明日もまだまだ紹介したいものがいっぱい残ってますからねぇ〜!頑張らなくっちゃ!と真っ黒な由布岳に誓うマロンなのでした‥(^_^;)って‥ちょっと酔ったかなぁ‥

湯上りに湯布院「夢想園」の名物プリン!(*^.^*)

「夢想園」の名物プリン
「夢想園」の名物プリン

でへっ♪~(=^‥^A 湯布院「夢想園」のもういっこのお楽しみは、このどでかい名物プリンなのだ!一日40個限定なので、予約しておいたほうがいいです。
お部屋に運んでくれるので、湯上りに最高!(*^.^*)

うわさ通りのとろける口当たり
とろける口当たり

マロンたちは湯布院の風景をバックに写真を撮りたかったので、もちろんお部屋でいただきました。 山の上にあるホテルの窓からは湯布院全体が見渡せます。

冷たい風とプリンのまろやかさが、湯上りの火照った体に染み渡りました。

湯布院「夢想園」の家族露天風呂

早朝の由布岳
早朝の由布岳

夜明けの由布岳の姿をどうしても見たくて、早くから目が覚めました。
窓を開けると、そこにあったのは、言葉にもできないほど荘厳な由布岳でした。夜中に頂上付近から中腹にかけて積もった新雪が朝靄の中に浮かび上がって、銀色に輝いています。
やさしいピンク色の朝の光と薄いグレーの影が溶け合って、背景の薄青の冬の空に山を浮かび上がらせてくれています。
なんという存在感‥
これを見れただけでも、ここまで来たかいがあったっていうもんです。

さぁ〜てさて!マロンが超楽しみにしてたのは、この家族露天風呂。家族だけの貸切で入れる小さな露天風呂なのです。 「入浴中」の札を下げて、中からカギができるので、家族でゆっくりとプライベートな露天を楽しめます。

湯布院「夢想園」の家族露天風呂
湯布院「夢想園」の家族露天風呂

もちろん、ここからも由布岳がよくみえますよ。
以前、まだ湯布院がポピュラーになる前に来たときは、この家族露天風呂の垣根がなくて、遠くの畑でおじさんが農作業をしておられて、少しちっちゃくなって入ったのを覚えてます。(* ・ ・*) でも、今は改装されていてほんとうに安心でした。

由布岳見ながらパパと二人ゆっくり‥。最高でした。(*^.^*)。

あこがれの湯布院‥あの透き通った夕風が忘れられません‥
やっぱり期待は裏切られなかった。Pロールの口の中で蒸発するような味わい‥
夢想園の文字通り夢のような露天風呂‥そして、なによりも感動の由布岳の勇姿‥
でも、まだまだありますよ!「パン工房まきのや」に「櫟〔くぬぎ〕の丘」!湯布院温泉・その2をご覧ください!

栗林マロン野菜ソムリエこのページの執筆者
栗林マロン:日本野菜ソムリエ協会認定 野菜ソムリエ。料理研究家
食事から真の幸せを得るためには、健康を意識した食材と調理法と食事法を心がけることが大切ですね。このサイトでは、食べる喜びと健康的なダイエットのバランスが取れたレシピをご紹介しています。でも、時には外食を楽しんで、自分にご褒美をあげましょう!

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湯布院 豆知識

知って得する「湯布院」情報

湯布院ってどんなところ?

湯布院は、大分県の中央部に位置する人気温泉地です。標高1,584mの活火山、由布岳(ゆふだけ)の麓に広がる温泉地帯で、温泉湧出量、源泉数ともに全国2位の豊富な湯量を誇ります。夏は高原の冷涼な気候で過ごしやすいことから「東の軽井沢、西のゆふいん」と言われ、女性に人気があります。

盆地
海抜450mの四方を山に囲まれた盆地ですが、夏は高原性の気候で涼しく、「九州の軽井沢」と称され、避暑地としても人気があります。

一般的な温泉地とは異なる
人口は約1万人、年間約400万人の観光客が訪れます。大規模なレジャー施設があるわけでもなく、100軒ほどある比較的小規模の旅館が、自然風景に溶け込むように立ち並んでいます。温泉地にありがちな歓楽型や一泊豪華主義型といった団体の観光客向けではなく、個人客に「癒し」を提供する温泉保養地として知られています。

温泉の効能は?
胃腸病特効
湯布院町にある湯平(ゆのひら)温泉は、800年前の鎌倉時代に温泉場が開かれたと言われています。現在のような温泉街の骨格が出来上がったのが江戸時代と言われ、当時から胃腸病に効く湯治場として有名でした。
由布院の語源は?

ゆふ院
「ゆふいん」という名前は奈良時代に付けられました。当時この地域では、楮(こうぞ)の皮から取れる繊維を「ゆふ」と呼んで布を作っていました。そして「院」と呼ばれる大きな倉が幾つもあったことから、「ゆふ院」と呼ぶようになりました。

由布院
そして平安時代に、古くから布をつくっていたことから、「物事の始まり」を示す「由」と「布」があてられて「由布院」になったと言われています。

情報番組この差って何ですか?には、由布院と湯布院の差についての情報があります。

由布院?それとも湯布院?
昭和30年(1955年)、由布院町と湯平(ゆのひら)村が合併することになり、「湯布院」と言う呼び名に変わりました。
なぜ由布院と湯布院を使い分けるの?
昔の由布院町に言及する時は「由布院」、合併後の湯布院町全体を紹介する時は「湯布院」が使われますが、どちらを使っても間違いではありません。最近では「ゆふいん」とひらがなで表記される事も多くなってきました。
湯布院の町作りの歴史は?

ダム建設反対
合併に先立つ昭和27(1952)年、由布院盆地をダム湖にする計画が持ち上がりました。町を二分する大論争となりましたが、反対派の若手リーダー、岩男頴一 (ひでかず)が初代町長に当選し、ダムによらない町づくりを推進、保養温泉地構想を打ち出しました。

別府とは違う路線を目指す
高度成長時代にあって、別府温泉は歓楽型温泉地として隆盛を極めていましたが、別府と同じ路線を追いかけても勝ち目はないと考えた岩男町長は、別府との差別化を図り、歓楽的要素を排した保養型の温泉地を目指しました。

老舗旅館の若きリーダー達
1960年代になると、旅館の若手経営者、中谷健太郎(亀の井別荘)、溝口薫平(玉の湯)、志手康二(夢想園、故人)ら3氏も由布院の町づくり構想に加わりました。3氏は、岩男町長の西ドイツ視察に啓発され、私費でヨーロッパの保養温泉地を視察。感銘を受けた3氏はクアオルト(温泉保養地)構想の推進を行政に訴えていきます。

クアオルト構想
クアはドイツ語で「治療」「保養」、オルトは「場所」「地区」を意味します。この構想は、観光の町を作ることではなく、地域の自然・文化・伝統を大切にし、そこに住む人が本当に暮らしやすい町を作ることこそ、すぐれた観光地であるという考え方です。

亀の井別荘・中谷健太郎氏の観光に対する考え方は、「観光の中身は特別に観光用に造られるべきではなく、その土地の暮しそのものが観光の中身である。村の生活が豊かで魅力あるものでなくて、なんのその土地に魅力があろうか」という「生活型観光地」でした。

ゴルフ場反対
1970年に町の近くにゴルフ場の建設計画が持ち上がりました。別府から湯布院に来る途中の景観が損なわれることを心配した有志の間で「湯布院の自然を守る会」が組織され、開発を阻止しました。翌年、「明日の湯布院を考える会」と改められ、この頃から住民がまち作りに積極的にかかわるようになったと言われます。その結果、湯布院町は徐々に活性化し、現在の保養温泉地へと姿を変えていきました。

町作り条例の礎となった家訓とは?

中谷氏の祖父の時代の「亀の井別荘」の客層には、著名な犬養毅、北原白秋、与謝野晶子などの著名人がいました。湯布院にはその頃から、脈々と受け継がれる町づくりの骨格となった先人の教えがあるそうです。大正時代にまとめられた「由布院温泉発展策」です。東京の日比谷公園や明治神宮などを設計した日本初の林学博士・本多静六氏が、由布院に来て語った講演録をまとめたもので、特に次の一節を大切にします。

ドイツに学べ
「ドイツにある温泉地バーデン=バーデンのように、森林公園の中にあるような町づくりをするべきだ」

「町中が公園のようであればいい」「地場の産物を研究開発する」といった多くの提言がされていて、中谷氏の祖父の世代が感動して記録に残したと言います。

ドイツ研修旅行で感銘を受ける!
3氏がドイツ研修旅行で最も感銘を受けたのは、町会議員が語った次の言葉。「町に大事なのは『静けさ』と『緑』と『空間』。私たちは、この3つを大切に守ってきた。100年の年月をかけて、町のあるべき姿をみんなで考えて守ってきたのです。」この言葉が町作りの大きなヒントになり、由布院の目指すべき観光は、団体旅行による歓楽型ではなく「昔ながらの景観」を維持することだという理念に至ります。

湯布院のユニークなイベントは?

住民の「日常」と観光客の「非日常」の融合
地元の人々が中心となって様々なイベントを企画し、日常の暮らしの一部として楽しみます。観光客は旅先と言う非日常の中で、地元住民の日常の暮らしに触れ、溶け込んでいきます。こうした融合が湯布院観光の特徴であり、理念とされます。

  • 牛一頭牧場運動
    稲作の機械化によって農耕牛が減り、牧草の原野にリゾート開発の手が入り始めると、1972年に「牛一頭牧場運動」を展開しました。これは、都会に住む人たちに牛のオーナーになってもらい、その牛を農家が飼育し、謝礼として毎年町の特産物を贈るという企画です。この運動のおかげで、酪農家は経営難から立ち直り、牧場の牛も増え、牛の放牧場であった広大な牧野(草原)が残されることになりました。
  • 牛喰い絶叫大会
    人大自然に囲まれた広い牧草地の中で、地元の「豊後ゆふいん牛」の炭火焼きを食べた後、参加者が思いの丈を絶叫し、声の大きさや内容のユニークさを競う大会です。全国から管顧客が多く訪れる名物行事となっています。「牛一頭牧場運動」で募った牛のオーナーを招待し、高原でバーベキューパーティーを開いて交流を図ったことがきっかけ。1976年に第1回大会が開かれ、以来現在まで続いています。
  • 音楽祭・辻馬車
    1975年には、野外で開催される湯布院音楽祭と、辻馬車と呼ばれる観光用の馬車が誕生。
  • 映画祭
    1976年には、湯布院映画祭が誕生。
湯布院の御三家とは?
老舗宿
湯布院といえば、「一生に一度は行ってみたい温泉」として人気を誇ります。素敵な宿が多い中、「一生に一度は泊まってみたい宿」として名高いのが、「亀の井別荘」、「由布院玉の湯」、「山荘 無量塔(むらた)」の3つの宿です。ネオン街を排し、湯布院の原風景を乱開発から守ってきたのが、御三家を中心とした老舗宿です。
旅館がレシピを公開するの?
おもてなしの心
「ゆふいん料理研究会」では、旅館の料理長が中心となり、「由布院らしい料理」の意見を出し合ったり、レシピを共有したりしてレベルアップを図るといいます。湯布院では日ごとに違った旅館に泊まるお客さんも多い為、似たような料理を出さないよう旅館同士で献立を連絡したりもします。こうした心のこもったおもてなしが、湯布院のリピーター獲得につながっています。
山頭火ミュージアム「時雨館(しぐれかん)」について

昭和5年(1930年)に放浪の俳人・種田山頭火が湯平(ゆのひら)温泉に2泊している。この時、木賃宿の娘さんに、放浪の身であり荒んだ身なりにも関わらず親切にしてくれたことに感謝し、「しぐるるや 人のなさけに 涙ぐむ」と詠んだことから設立された美術館です。

山頭火が宿泊した「大分屋」はすでになく、跡地に山頭火の姿を模した句碑が立っています。

【営業時間】10時〜17時(年中無休・夏季は18時まで)
【入館料】100円

湯平小学校(閉校)校長の「校長室より」から、山頭火に関する当時のエピソードを知ることができます。